“Rick Barry, Inventor” アディダス・トップテン(adidas Top Ten)

Rick Barry adidas Top Ten
“Rick Barry, Inventor” 1979 adidas ad image from adidas

1979年登場、アディダスのバスケットボール・シューズ「トップテン」のニューリリース広告です。

当時ヒューストン・ロケッツに在籍していた名スモールフォワード、リック・バリー氏の意見を参考に製品化。さらに10人のトッププレーヤーから「お墨付き」をもらったことから「トップテン」と名付けられました。

プロ・アスリート向けの最上位シューズとして開発され、アディダスでのポジション的には「スーパースター」や「ジャバー」の次世代モデルとして登場したバスケットボールシューズです。

広告の製品説明より。

考案者 リック・バリー

バスケットボール・シューズ「アディダス・トップテン」の製作に関わったリックバリー氏は、こう確信していました。

「最も厳しい批評家はアメリカの『トップテン』プレーヤーである。」


開発にあたり、リック氏はあらゆる方法を試みました。


Rick Barry and adidas Top Ten
“Rick Barry, Inventor” 1979 adidas ad image from adidas

足の屈曲を容易に、また足を正しい位置に維持することが重要であると強調するリック氏の助言から、「フォーフレックス・カット」仕様のアッパーを開発。

足首の保護を強化するために「セイバー・サポート・システム」を追加しました。

かかとの炎症を防ぐためヒールカウンターから半円パーツを取り除くよう指示が。

爪先には通気性を確保するための穴が、リック氏立ち会いのもとで開けられました。

さらにアウトソールは、チューリング・ディスク(円形のゾーン)のある深いヘリンボーンソール、のこぎり状のエッジに加え、柔らかさ、トラクション、屈曲性などの要望に応えています。

完成された「アディダス・トップテン」は「トップテン」プレーヤーによって最終テストが行なわれました。


アディダス・トップテンを着用したトップテン・プレーヤー:

  • Doug Collins
  • Marques Johnson
  • Kermit Washington
  • Adrian Dantley
  • Bob Lanier
  • Bobby Jones
  • Billy Knight
  • Sidney Wicks
  • Mitch Kupchak
  • Kevin Grevey


考案者、リック・バリー(Rick Barry)


Rick Barry Topps card 1978-1979
Rick Barry Topps card 1978-1979 image from www.topps.com

1944年ニュージャージー州エリザベス生まれ。マイアミ大学卒業後の1965年ドラフト全体2位指名でサンフランシスコ・ウォリアーズに入団、プロ選手のキャリアをスタート。

長身と俊敏性を兼ね備えた1970年代を代表するスモール・フォワード。

アンダースローによるユニークなフリースローで知られ、90.00パーセントという成功率は、彼が引退する1980年時点で歴代1位の記録に輝いています。



1968年には現在は存在しないプロリーグ「ABA」(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)へ移籍(1972年に再びNBAへ)。

リック・バリー氏は、NCAA(全米大学体育協会)、ABA、NBAのすべてにおいて得点王に輝いた唯一の選手です。

背番号の「24」はウォリアーズの永久欠番に。1990年、NBA50周年記念には「50人の偉大な選手」のひとりとして選ばれました。

「トップテン」プレーヤー


「アディダス・トップテン」のテスティングに選ばれたトップテン・プレーヤーたち。

ダグ・コリンズ(Doug Collins)


Doug Collins Topps card 1978-1979
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1951年イリノイ州クリストファー出身。1973年イリノイ州立大学卒業後、NBAフィラデルフィア・セブンティシクサーズ(Philadelphia 76ers)からドラフト1位指名を受け、引退までシクサーズに在籍。シューティングガードとして活躍しました。

当時「9勝73敗」というNBAの歴代最低記録をもつシクサーズを、ダンクシュートの名手ジュリアス・アービング(Julius Erving)と共に得点王としてチームを支えました。

在籍時には優勝を果たすことは出来なかったものの、シクサーズを1966年-1967年以来の強豪チームへ導きました。

マーケス・ジョンソン(Marques Johnson)


Marques Johnson
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1956年ルイジアナ州ナッキトッシュ生まれ、サウス・ロサンゼルス育ち。

カレッジバスケではUCLAブルーインズ在籍時の1975年、決勝戦でケンタッキー大学を破り優勝。1976年にはシーズン優秀選手として「ネイスミス・カレッジ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。

1977年NBAドラフト3位指名でミルウォーキー・バックスに入団。キャリア全盛期のそのほとんどをバックスにてプレーしています。

(1984年ロサンゼルス・クリッパーズに移籍、1989年に在籍していたゴールデンステート・ウォリアーズで引退。)

オールスターゲームには5回出場(1979〜1981、1983、1986)。ポジションはスモール・フォワード。。

ミルウォーキー・バックスのコーチであったドン・ネルソン氏指揮のもと、NBAで初めて「ポイントフォワード」として試合に出場した選手のひとりとしても知られています。(参照:Point forward

カーミット・ワシントン(Kermit Washington)


Kermit Washington Topps card 1978-1979
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1951年ワシントンD.C.生まれ、アメリカン大学出身。奨学金を受けながら入学した大学で技術が急速に向上し、平均20得点、20リバウンドを記録。NCAAの歴代トップ7人のうちのひとりとして名を残しています。

1973年ロサンゼルス・レイカーズにドラフト5位指名で入団。ポジションはパワー・フォワード。

強力な守備、高いリバウンド技術の選手としても知られ、現役時代をプレーした10シーズンに加え、1980年に出場したオールスターでの記録は平均9.2得点、8.3リバウンド。レイカーズ在籍の1976-1977シーズンには平均9.7得点、9.3リバウンドを記録しています。

彼のキャリアに影を落とすこととなった事件は、1977年12月9日のレイカーズ対ヒューストン・ロケッツ戦。

試合中に起きた乱闘事件で、カーミット・ワシントン選手は仲裁に入ったロケッツの名フォワード、ルディ・トムヤノビッチ選手の顔を殴り、複雑骨折を負う重傷に。

ワシントン氏は翌シーズン、ボストン・セルティックスに移籍しています。

エイドリアン・ダントリー(Adrian Dantley)


Adrian Dantley Topps card 1978-1979
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1955年ワシントンD.C.生まれ。ノートルダム大学出身。1980年代初頭を代表する名スモール・フォワードです。

1976年カナダ・モントリオールで行なわれたオリンピックでは、アメリカ代表選手として出場。金メダルを獲得しています。

1976年ドラフト6位でバッファロー・ブレーブスに入団。1976-1977シーズンのNBAルーキー・オブ・ザ・イヤー・アワード(新人賞)を獲得しています。

1977年にはインディアナ・ペイサーズへ、同年ロサンゼルス・レイカーズへと移籍。

1977年に移籍したユタ・ジャズで選手としての黄金期を迎えることとなります。

1983-84シーズンにはユタ・ジャズがチーム創設以来初めてプレイオフに進出。ダントリー氏が在籍したジャズはプレイオフの常連に。(その後ジャズは2002年までの20年連続、プレイオフの常連となる)

1981年と1984年には得点王を獲得。

ボブ・レイニア(Bob Lanier)


Bob Lanier Topps card 1978-1979
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1948年ニューヨーク・バッファロー生まれ。
ベネット高校、聖ボナヴェントゥラ大学のバスケットボール・チームに所属。チームの中心選手として活躍し「NCAA」のファイナル・フォーまで進出。しかし、レイニア選手が負傷によって欠場したため、チームは敗戦。

大会でのレイニア選手のプレーは注目を集め、スポーツ誌「コーチ & アスリート・マガジン」の最優秀選手賞、スポーツ系カレッジリーグ「ECAC」(イースタン・アスレチック・カンファレンス)のプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。

1970年にはNBAドラフト1位指名でデトロイト・ピストンズに入団。長身に加え、流れるようなしなやかさがプレーの持ち味で、アウトサイドからのショットやフックショットを武器に活躍。

現役14シーズンで平均20.1得点、10.1リバウンド、フィールドからのショット成功率51.4%を記録。

同時代に活躍した、ウィルト・チェンバレンやカリーム・アブドゥル・ジャバー、ウィリス・リード、デイブ・コーウェンス、そしてビル・ウォルトンなどと並ぶ名センターとして名を残しています。

オールスターゲームには8度出場し、1974年のオールスターゲームではMVPを獲得しています。

ボビー・ジョーンズ(Bobby Jones)


Bobby Jones Topps card 1978-1979
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1951年ノースカロライナ州シャーロット生まれ。バスケットボールの強豪で知られるノースカロライナ大学ターヒールズ出身。ポジションはフォワード。

1974年ABAリーグ時代のデンバー・ナゲッツに入団し、その一貫して安定したプレーでチームに貢献。ディビジョン優勝を2度(1975年、1976年)果たし、さらにNBA入りしたナゲッツの初期黄金期を牽引しました。(1977年、1978年ディビジョン優勝)。

NBAシックスマン賞(レギュラーシーズンの間最も活躍した「シックスマン」に送られる賞)の第1回受賞者(1982-1983)。

ビリー・ナイト(Billy Knight)


Billy Knight Topps card 1978-1979
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1952年ペンシルベニア州ブラドック生まれ。ピッツバーグ大学パンサーズ出身。

身長6フィート6インチ(1m98cm)ポジションはシューティング・ガード / スモール・フォワード。長距離シュートを得意とするアウトサイド・プレーヤーとして活躍しました。

1974年ABA時代のインディアナ・ペイサーズに入団。1976年にはペイサーズがNBAに加入し拠点をNBAへ。その後、バッファロー・ブレーブス(現ロサンゼルス・クリッパーズ)、ボストン・セルティックス、カンザスシティ・キングス(現サクラメント・キングス)、サンアントニオ・スパーズと移籍を繰り返し、1985年の引退までの11シーズンの間、計13901ポイントを獲得(平均16.9点)。オールスター・ゲームにはABA/NBAそれぞれ1度ずつ選ばれました。

シドニー・ウィックス(Sidney Wicks)


Sidney Wicks Topps card 1978-1979
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1949年カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。

身長6フィート8インチ(2.03 m)のパワーフォワード /センターとして活躍しました。

1968年、ルー・アルシンダー(カリーム・アブドゥル・ジャバー)在籍時のUCLAブルーインズに参加。名将ジョン・ウッデンの指導を受け1969-1970シーズンには18.6得点11.9リバウンドを、翌シーズンには21.3得点12.8リバウンドを記録しています。

評論家の間ではノーマークであったアルシンダー卒業後のUCLAを連続優勝へと導き。オールアメリカ1stチームに選ばれ、アメリカ・バスケットボール記者協会(USBAW)とスポーティングニュースが選ぶ年間最優秀選手に輝いています。

1971年、新設チーム、ポートランド・トレイルブレイザーズ(1970年設立)に入団。1年目よりドラフト8位のガード、ジェフ・ペトリーと共にブレイザーズを牽引。

チームはプレーオフ進出とはなりませんでしたが、ウィックスは24.5得点、11.5リバウンドを記録。オールスターゲームに選出され、新人王に輝いています。

ミッチ・カプチャック(Mitch Kupchak)


Mitch Kupchak Topps card 1978-1979
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現在ロサンゼルス・レイカーズのゼネラルマネージャーとして知られる、ミッチ・カプチャックは1954年ニューヨーク州ヒックスヴィル生まれ。のちにマイケル・ジョーダンが在籍することとなるノースカロライナ大学ターヒールズ出身。ポジションはパワー・フォワード / センター。

大学でのシニアシーズン(4年生)1975-1976には、北米の大学スポーツ・リーグ「ACC」(アトランティック・コースト・カンファレンス)の最優秀選手に選出。1976年7月カナダで行なわれたモントリオール・オリンピックでは男子バスケットボール・アメリカ代表選手として出場。ゴールド・メダルを受賞しています。

1976年ワシントン・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)に入団。優秀な新人選手としてNBAオールルーキーチームに選出されています。

1981年カリーム・アブドゥル・ジャバーとマジック・ジョンソン在籍時のロサンゼルス・レイカーズに移籍。ブレッツ時代とあわせて3度のNBA優勝を経験しています。

ケビン・グリービー(Kevin Grevey)


Kevin Grevey Topps card 1978-1979
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1953年オハイオ州ハミルトン生まれ。優れた長距離ジャンバー、左ききのスウィングマン(スモールフォワードとシューティングガード両方をこなす選手)として活躍。ケンタッキー大学・ワイルドキャッツ出身。

伝説のコーチ、アドルフ・ラップが在籍した最終シーズンの1972年に新入生として入学。(ラップ氏はケンタッキー大学のバスケットボールチームを全米優勝に4回導いた)

グリービーはチームの中心メンバーとして頭角を現し、在学中にケンタッキー大学の歴代2位の得点、1,801得ポイントを記録しました。2年生からの3年間にはNCAAのサウスイースタン・カンファレンスでファーストチームに選出。3年・4年生にはオールアメリカンに選出されています。

1975年ワシントン・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)に入団。最初の2シーズンは控えの選手として活躍。

1977-1978シーズン、ブレッツの主力選手フィル・シェニエが背中の故障で離脱すると、グリービーはガードのポジションをスターティングメンバーとして勝ち取り試合に参加。シーズン平均15.5得点を記録しています。

シェニエの不在の穴を守りきり、ブレッツはプレーオフを勝ち抜き3年ぶりのファイナルに進出。シアトル・スーパーソニックスを破り優勝を果たしています。

1980-1981シーズンには自身のキャリアでの最高得点となる平均17.2ポイントを記録。1983年には8シーズン活躍したブレッツを離れミルウォーキー・バックスに移籍しています。


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