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ピー エフ フライヤーズ(p.f.flyers)ブランド情報
ブランド情報
ピー エフ フライヤーズ(p.f.flyers)ヒストリー
ピー エフ フライヤーズ(p.f.flyers)誕生まで1900年代アメリカ、オハイオ州アクロンのタイヤメーカーBFグッドリッチ社(BF Goodrich 現在ミシュラン Michelin傘下)がシューズの生産を開始。
1905年ストレートライン(Straight-Line)、1928年 ロングランス(Chief Long Lance)などのアスレチックシューズを発表。
当時、ネイティブアメリカンのアメリカンフットボールのスター、ジム・ソープが、BFグッドリッチのシューズを愛用したことで注目を集めます。(ジム・ソープ Jacobus Franciscus Thorpe 1888-1953 陸上、メジャーリーグ、バスケットボール選手としても活躍)
1933年BFグッドリッチはアーチサポート(3点アーチの矯正)のためのインソールポスチャー・ファンデーション・インソールシステム(Posture foundation insole technology)を開発、商標登録します。
アーチサポートとは、足の裏の構造はアーチ型になっていて、親指、小指、土踏まずの3点のポイントを結ぶ線のことを3点アーチと言い、この3点のバランスを運動中にキープして足へのダメージを軽減するシステムです。
グッドリッチのインソールは内側の7度の傾斜が姿勢を保ち3点アーチを矯正。そのアーチサポートの新テクノロジー(Posturefoundation ポスチャー・ファンデーション)の名前より、1937年 PFフライヤーズ(PF Flyers)ブランドが誕生します。
クッション性にもすぐれている、PFフライヤーズのシューズは、1950-1960年代には
「ラン ファスター、ジャンプハイヤー(RunFaster,Jump Higher早くそして高く)」
というキャッチフレーズで、アメリカのキャンバスシューズ市場でシェア20%と、最もポピュラーなシューズとして人気を博し、センター(center)、グラウンダー(grounder)など名作シューズを生みアメリカ軍の標準シューズとしても採用されるほど定番ブランドに成長します。
ブランドの終焉しかし、後続メーカーなどの進出により人気が低迷。
1972年にBFグッドリッチ社はシューズ部門を撤退。
当時コンバース(converse)ブランドを所有していた
エルトラ社(Eltra)により買収されます。
(この時、PFフライヤーズと同時にBFグッドリッチ社がライセンスを所有してた
ジャックパーセル(JACK PARCELL)もエルトラ社により買収され
コンバース・ジャックパーセルとして今に至ります)
1975年、独占禁止法に触れ、エルトラ社はPFフライヤーズブランドを手放すことに。
以降、1976年ブルックフィールド・アスレチック社(Brookfield ATHLETIC SHOE COMPANY)、
1984年ハイド・アスレチック社(Hyde Athletic)、
1991年エル・ジェイ・オー社(LEIF J OSTBERG INC.)へと転売されますが、
新しいモデルは成功することなく、PFフライヤーズは過去のブランドとなり、姿を消していきます。
PFフライヤーズ(PF Flyers)ブランドの復活しかし、2001年に転機が訪れます。
アメリカボストンのシューズメーカー、ニューバランス(NEW BALANCE)が
PFフライヤーズ(PF Flyers)を買収。
2003年2月、PFフライヤーズ(PF Flyers)ブランドはニューバランス傘下にて復活を果たします。
2003年 3月には、日本での販売が始まり、
同時にロンドン、パリ、ミラノ、ベルリンなどヨーロッパ主要都市で販売が開始。
1950年代から1960年代のモデルを中心に
ダービー(DERBY)、センター(center)、グラウンダー(grounder)など名作シューズの
復刻版がリリースされ、注目を集めています。
公式サイト
www.pfflyers.jp
取り扱い店
ボストンクラブ(boston-club)
ミタスニーカーズ(mita sneakers)
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